カーテンの隙間から見える空は今日も青かった

こういった大きな出来事のあとは何かを残しておきたいという想いがむくむくしてくるが、この出来事で何かを書くことが良いことか、それともそこに触れない方がいいのか迷ったりする。

僕にとってはすごい風がふき、大きな雨粒が降り続き、蒸し暑くて冷房入れたり寒くなりすぎて除湿に切り替えたりした夜だったけど、ニュースを見て川の水位が上がってる映像を見てうわーすごいねー怖いねーといいあう夜だったけど、そういう適温を探しながら緩やかに画面の中の濁流を眺める時間は、他の誰かにとっては大きな歴史で、日本にいた多くの人にストーリーをもたらした共通の外圧で、この外圧をどう扱えばいいのか、扱わないのが無難なのか、でも僕にとっても歴史かどうかはわからないが記憶に残る外圧な訳で、そういったことを、うまくどこかに残して何だったらあなたはどうだったかを問いたい。僕はクリエイターになりたい訳ではなく、何かを作って世の中に残したいのではなく、僕はこう感じたあなたはどうですか? と問いかけるアーティストになりたい、アーティストになってあなたが見ている世界観の一部で良いから僕に見せて欲しい。僕は全てが欲しい。自分が欲しいものはもちろんのこと、あなたが見ている世界も欲しい。なんかこの感覚はずっと持っていた気がして、自分がサイコパスな悪役に感情移入するのがしっくりきた。僕のこの感覚に本当は名前を付けたくないのだけど世の中は、僕の周囲はこのサイコパスという名前を付けたがる。僕が型にいれられることは避けたいが前提を揃えるにはそういった一部窮屈で無理やり押し込めなくちゃいけないはみ出た部分がどうしてもあるのかもしれない。